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07年(平成19年)度神幸祭は例年通り4月29日から5月1日まで執り行われました。5月1日の御旅所(神事場)での行事を中心にした写真を掲載しています。⇒クリックしてください。
福岡県指定無形民俗文化財(昭和31年指定) 大富神社の神幸祭 大富神社の春の大祭である「神幸祭」の起源は古く、「宗像八幡宮縁起」によれば、天正12年(740)の「藤原広嗣の乱」に際し、その鎮圧に功績のあった上毛郡の擬大領、紀宇麻呂の凱旋の様子を模したものと言われ、毎年4月30日と5月1日の両日に行われる。 祭りの1日目は、神前に安置された神輿3体の前で舟歌組による「天狗そろい」が歌われ、続いて「感応楽」が奉納された後(隔年)、神輿、威儀物、傘鉾などの行列が各地区をとおり、八尋浜の御旅所を目指す。 途中で大船、山鉾、踊り車などがこの行列を迎え、御旅所に着くころには大変な賑わいを見せる。ここでお着きの神事を行い、舟歌組によって「泰平楽」が奉納され、再び感応楽(隔年)の奉納で初日を終わる。 2日目は、お立ちの神事の後、大富神社へ帰るが、両日とも地区ごとに氏子が総出で参加し、地域を上げての祭りとして盛大に繰り広げられる。 =御旅所(神事場)案内文=豊前市教育委員会作成=より 「大富神社春季神幸祭(県指定無形民俗文化財)」として執り行われ、神幸行列が八屋の町に入るころ、幟を立てた船車や、岩山、人形をのせた飾山、さらには少女歌舞伎が演ぜられる踊り車などの山車が合流し、御旅所である八屋の御神幸場を目指します。 山車は夜半まで思い思いに練り歩き、町は祭り一色に染まります。大富神社より神幸行列が八屋のお旅所まで巡行し、八屋地区では3種6台(年によっては7台)の山車が“エッサヤーレ”のかけ声で街中を練り歩き、街が華やぎます。 ▼神輿・山車巡行表▼
文政8年(1825)、参勤交代途上にあった小倉藩主小笠原忠固公のお座船「天祥丸(てんしょうまる)」を宇島漁民が救難したことに起源を発する祭りです。 神輿と6台の山車が町内を練り歩き、最終日の5月5日、22時には宇島神社にすべての山車が集合し、フィナーレを迎えます。 老人が音頭を取りながら「上の句」をうたい、烏帽子・水干に扇子を持った子供が「下の句」を歌う船車(ふなぐるま)「天祥丸」の船歌(ふなうた)は宇島祇園ならではのものです。
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