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| 水野與市 明治7(1874)〜昭和27年(1952)
上毛郡久路土村(豊前市大字久路土)の生まれ。久路土初等中等小学校を卒業後、豊津中学八屋分校に学ぶ。 明治28年、八屋銀行に入行し、大正元年(1912)常務取締役となる。 昭和3年12月に八屋、築上、宇島の各銀行が合併して北豊銀行(のち十七銀行-福岡銀行に吸収合併される)となるまでその職にあった。 氏は単なる銀行家ではなく、むしろ事業家タイプで、宇島鉄道、宇島木材、九州煉瓦、築上製糸などの諸会社から八尋座(演劇場)に至るまで、それらの創立に参画し、当時の新設の工場についてもその発起から経営に至るまで取引銀行として尽力を惜しまなかった。 また築上郡農会副会長や北豊銀行監査役などを歴任し、昭和6年には郡乾繭販売利用組合専務理事として、養蚕生産高・県下第二位、養蚕戸数約4000の利益保護の目的に献身的に努力した。 さらに政界での活動については明治34年から昭和10年までの村会議員の職にあり、その間明治39年から大正11年まで17年間郡会議員を勤続した。 政友会の黄金時代には郡部会幹事長として、その活動が中央政界に聞こえるほどであった。郷土の先輩・神崎勲を県会、帝国議会に送り、その才腕を存分に振るわせるのに大きな力となった。 晩年は厚く三宝に帰依し念仏三昧の日を送った。元豊前市長・水野薫はその長男である。 |